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卒業生インタビュー

インタビュー 心連心プログラム修了生の「日中交流の担い手」として成長した様子を取材します。

【第14期生オンライン座談会】早期帰国はしたけれど…、未来の自分につながる9カ月

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名前
史 錦超 し   きんちょう さん

プロフィール
山西省出身。山西省太原市外国語学校(日本の高校に相当)3年生。「ドラえもん」や「名探偵コナン」が大好きで、中学から日本語を学ぶ。受験勉強のストレスはクラスメートとのサッカーで発散。心連心第14期生として、北海道の酪農学園大学附属とわの森三愛高等学校に留学。

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名前
唐 錦麗とう  きんれい さん

プロフィール
貴州省出身。貴州省岑鞏(しんきょう)県第一中学(日本の高校に相当)の3年生。日本語の学習は高校に入ってから。現在は受験生で自由な時間は少ないが、息抜きで日本のバラエティ番組を観賞。心連心第14期生として、愛媛県立南宇和高等学校に留学。

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名前
何 心鈺 か   しんぎょく さん

プロフィール
広東省出身。広東省深圳外国語学校(日本の高校に相当)の2年生。日本のアニメが好きで中学から日本語の勉強をスタート。英語も得意で、今はイギリスのロックバンドに夢中。心連心第14期生として、大分県の岩田中学・高等学校に留学。

  2019年9月、期待と不安をいっぱいに抱えながら日本へやって来た心連心第14期生。留学生活にも慣れてきていたところで新型コロナウイルスがまん延、3カ月を残して早期帰国となってしまった。そうした状況ではあったものの、留学生たちは日々何に奮闘し、何をつかみとったのか。今回はオンライン座談会形式で、史錦超さんと唐錦麗さん、そして何心鈺さんの3人に当時を振り返ってもらった。

日本の高校生として友達作りや部活に奮闘


写真を拡大仲良くなった寮の友達と何心鈺さん(右から二番目)。日本で多国籍の友達ができたことも留学の収穫の一つ。

――第14期生のみなさんはコロナの影響で、留学生活を切り上げて帰国することになってしまいましたが、それでも9カ月間を日本で過ごして得たことは多かったと思います。


[何さん] 日本の高校ではさまざまな行事や活動に参加しました。そこで一番印象に残ったのは「一つの目標に向かって一緒に頑張る」ということです。体育祭の時、バレーボールやサッカーのクラス対抗戦があったのですが、一人ひとりが自分のクラスのプライドをかけて頑張っている姿を目にして、なんだか胸が熱くなりました。私はどちらの種目もあまり得意ではなくクラスの役には立てなかったのですが、それでもみんなと一致団結して勝利を目指すという体験ができました。
 また留学先の学校には、私以外にもドイツやインドネシア、ラオス、アメリカなどさまざまな国からの留学生がいました。日本人だけでなく他の国の子たちとも仲良くなれたのは、収穫の一つだったと思います。

[唐さん] 私は特にホームステイを通して、日本の人たちの温かさを感じることができました。留学中はずっと同じホストファミリーの家から学校に通いました。私にとって初めてのホームステイで、中国にいる頃は「日本人は冷たいんじゃないか」「仲良くなれるかな」とすごく心配していたのですが、それは考えすぎだとすぐにわかりました。ホストファミリーには旅行に連れて行ってもらったり、七五三やひな祭りなどの伝統文化を体験させてもらったり、まるで本当の家族のように温かく接してもらいました。それに印象的だったお母さん(時々お父さん)の手作りお弁当!毎日用意するのは大変だったと思いますが、真心が込もったお弁当はとてもうれしく印象に残っています。

[史さん] 留学中は勉強以外の活動にもたくさん参加できたのが良かったです。留学してすぐに研修旅行や体育祭などの学校行事があり、それらをきっかけにクラスメートと仲良くなれました。また、全国高校サッカー選手権大会の北海道予選で準決勝に進んだサッカー部を全校生徒で応援したことも印象深い体験となりました。みんなで雨の中、一生懸命応援するうちに一体感が生まれて、周りとの距離が縮まった気がしました。
 また部活動にも参加し、学生生活がとても充実しました。自分は音痴だと自覚しつつも音楽部に入ってチェロに挑戦しました。もちろん演奏は難しくて練習は苦労しましたが、帰国するまでに少し弾けるようになりました。

写真を拡大愛媛はミカン栽培が盛ん。クラスメートの家のミカン畑にお邪魔しました。

――留学中は楽しいことばかりでなく、大変だったことや悩んだこともあったと思います。

[唐さん] 私も部活動は吹奏楽部でホルンを選びました。全くの初心者だったので、私にとってすごく大きな挑戦となりました。クラスの友達が同じ吹奏楽部で、毎日放課後になると丁寧に教えてくれたのですが、それでもなかなかついていけず、本当にしんどかったです。演奏会があっても私はただ座っているだけ、みんなと同じように吹くことができません。正直、恥ずかしかったです。早朝や土日も練習があり思った以上にハードで、部活を辞めようか先生にも相談しました。ですが、先生は「簡単にあきらめてはいけない」ということを私に教えてくださいました。友達や先生が支えてくれたおかげで、途中で退部することなく、最後まで部活動をやり遂げることができました。

[何さん] 苦労したのは最初の頃の友達作りでした。学校では毎年各国からの留学生を受け入れていますが、在校生にとっては毎回が初めての受け入れで、留学生と接することに慣れていません。留学生はやはりどこか「お客様」という存在で、深く友達になろうという考えを持っている生徒は多くないように感じました。ですが、だからこそ自分から頑張って話しかけないと何も始まらないと思い直しました。それからは勇気を出して積極的に周囲と交流し、最後には数人の日本人の女の子と、とてもいい友達になれました。今でも彼女たちとはLINEやインスタグラムでつながっています。

[史さん] 残念だったのはコロナの影響です。留学先の学校では日本全国から生徒が集まり寮生活を送っていました。自分もその中に加わり共同生活をしていましたが、コロナの影響で休校になってからは、一緒に過ごしていた寮生が帰省してしまい、離れ離れに。自分は寮で一人になり孤独でした。
 音楽部の活動にも影響が出ました。6月に予定していた学園祭での発表を目指して練習していたのですが、自分の帰国が早まり仲間とステージに立てなかったことがすごく残念でした。

印象的だったホストファミリーとの出会い


写真を拡大ホームステイでは妹ができました。妹の高校入学式の日にパチリ(左が何心鈺さん)。

――留学中、みなさんに一番影響を与えた人は誰でしたか。

[何さん] 2人のホストマザーです。留学中は寮で生活をしていましたが、コロナで休校になり私は2軒のホストファミリーにお世話になることに。1軒目のホストマザーは、自身もこれまでにいろいろな国でホームステイを体験したそうです。「自分を受け入れてくれた人たちに恩返しがしたいと思って日本で留学生の受け入れを始めた」という言葉がとても印象に残っています。2軒目のホストマザーはものすごく「できる女性」だと思いました。3人の子どもを育てながら旦那さんと温泉旅館を経営し、さらに自分でもいろいろな仕事をしています。人付き合いも上手なスーパーウーマンで、憧れの存在です。

[唐さん] 留学中はいろいろな方と交流して学ぶことが多かったのですが、一番影響を受けたのはやはり一緒にいる時間が長かったホストファミリーです。ホストファミリーのお父さんとお母さんは、自身の3人の子どもたちには興味のあることは何でもやらせてみようという教育方針を持っていて、一番上のお姉ちゃんはまだ7歳ですが、水泳やピアノ、英語、バレエを習い、毎日大忙しです。お父さんは帰宅してからも毎日夜中まで勉強をしていました。そんなホストファミリーの姿を見るたびに「自分ももっと頑張らなくては!」と気持ちを引き締めていました。

[史さん] 自分もホストファミリーから影響を受けました。年末年始に大川さんという方の家にホームステイさせてもらいました。いろいろと話をするうちに、実は大川さはこれまでにも大勢の中国人留学生を受け入れた経験があり、中日交流活動に尽力されてきた方だということを知りました。その姿勢にすごく感銘を受け、自分も大川さんのように中日交流の懸け橋になりたいという目標ができました。

以前より少し積極的な自分になれた


写真を拡大写真を拡大11月の研修旅行で訪れた沖縄で、特に仲良くなったクラスメートの五十嵐君と史錦超さん(右)。「旅行から戻ってきたらいきなり雪が降っていて両極端な気候を体験しました」(史さん)

――いろいろな人との出会いや経験を通し、留学前後で変化が生まれたのではないでしょうか。

[史さん] 留学前は高校1年生で、日本では高校2年生の教育を受け、中国に戻ってからは高校3年生のクラスに入ったので、クラスメートも留学前と同じということもあり、日常生活や学校生活はほとんど変わりません。変化したことといえば、以前より勉強が忙しくなったことでしょうか。どんどん自分の時間が無くなってきました。日本での高校生活は、毎日午後3時半ごろに学校が終わると部活をする時間がありましたが、中国の高校では部活はなく、放課後も夜11時くらいまで自習をしなければいけません。日本での高校生活の方が楽だったかも(笑)。

[何さん] コロナもありましたが学校ではすでに対面授業が始まり、生活面では留学前とあまり変化を感じていません。ただ、留学を通して少し積極的な自分になれた気がします。私は以前、人と交流することが苦手なタイプでしたが、今は自分から人に話しかけられるようになりました。
 学習面では、やはり日本で生活したことで、聞き取りと会話の能力がアップしたように感じています。自分の日本語に以前より自信が持てるようになりました。

[唐さん] 留学を終えて積極的になったというのは、私も同感です。私は高校に入ってから日本語を勉強し始めたので会話に自信が持てませんでした。日本に行ってからも、しばらくは日本人と話すのが恥ずかしかったです。隣の家の人から「日本の生活にはもう慣れましたか?」と聞かれても、全く理解ができなかったことを覚えています。日本の高校で日本人と一緒に勉強して半年ほどたつと徐々に慣れてきて、自分からも周りに話しかけられるようになりました。苦手だった会話に自信がついたことで何事にも積極的になれたことが、自分にとって一番大きな変化だったと思います。

日本再訪のために今は受験勉強に全力投球


写真を拡大9カ月間お世話になったホストファミリーと唐錦麗さん(後列右)。「かわいい妹や弟たちと一緒に、たくさんの貴重な体験をさせてもらいました」(唐さん)

――中日間の自由な往来はまだ見通しが立ちませんが、次に日本に来ることがあったら何をしたいですか。

[何さん] まず大分でできた友達やお世話になったホストファミリーに会いたいです。中国に帰国してからどんな生活を送っていたかを聞いてもらいたいです。それから日本を旅行してみたい。私は留学中、基本的にずっと大分で過ごしていたので、それ以外の地域をほとんど知りません。ですので、日本の友達を誘って一緒に東京や京都に行ってみたいです。

[史さん] 自分も一番行きたい場所は留学先の北海道で、とわの森の友達や先生と会いたいです。その次に行きたいのは関西方面かな。自分の地元の太原市と姫路市が友好都市提携をしている関係から以前、姫路市に1週間ホームステイをした経験があります。その当時のホストファミリーにも会ってみたいです。

[唐さん] 私も全く同じで、留学していた愛媛を訪れたいです。会ってみんなに話したいことがたくさんあります。日本のかわいい妹や弟たちとも一緒に遊びたいですし。それから、今回中国に帰る前にある友達と「大人になったら一緒に京都や奈良に旅行しよう」と約束をしました。いつになるか分かりませんが、いつかきっと実現させたいです。

――日本に行くためにも引き続き頑張らないといけませんね。最後に今後の抱負を聞かせてください。

[何さん] 学校では推薦入試を受けるコースに入って勉強しています。北京外国語大学の推薦入試に合格したいと思います。大学で日本語にさらに磨きをかけ、WHOなどで働く国際公務員か貿易関係の仕事に就きたいと思っています。

[史さん] 自分も同じで、推薦入試コースで学び、北京外国語大学を目指して毎日頑張っています。まずは中国の外国語大学で学び、チャンスがあれば日本の大学院に進学して、国際関係や経済について勉強したいと考えています。

[唐さん] 以前は医者になりたかったのですが、留学してから考えが変わりました。私の力で中日の関係を良くしたいと考えるようになりました。そのためにもまずは中国のいい大学に入り、中国語や中国についてもっと勉強したいと思います。将来は日本で中国語や中国のいい所を伝える先生になれたらと思っています。

  取材を終えて
  留学生活はただでさえ不安なのに、今回は未知のウイルスとの闘いという新たな憂事も重なりさぞ心細かったことだろう。しかし3人の口からは泣き言や恨み言の類は一切出なかった。留学中に出会った人々への感謝の気持ちや自らの将来への期待を生き生きと語る姿からは、どんな状況にあってもあふれる好奇心をばねにして軽やかにそしてしなやかに日々の生活を送っていたことが容易に想像できた。
  座談会が行われたのは10月の後半。帰国してからすでに半年がたち、皆すっかり現実に引き戻されたように、大学受験という目の前の目標に向かって忙しい日々を送っていた。次に彼らが再会するのは北京外国語大学のキャンパスになるだろうか、それとも日本だろうか。いずれにしても「2020年は大変だったけど、いい出会いも多かったよね」そんな風に笑って振り返る彼らの姿が早くも目に浮かんでいる。
取材・文 橋口いずみ 取材日2020年10月25日

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