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周 子薦さんの日記

一期一会

2019.07.02

一年もあったな、と僕は時々思っている。たしかに、一年もあった。僕はいろんな友だちも作ったし、色んなことも体験したし、800メートル走のタイムもどんどん伸びってたし、そしてそろそろ帰る日になってきた。

はやいな、本当に。本当に早かった、もう二週間しか残ってないのに、やりたいことがいっぱい。もっとタイム伸ばしたいのに、もっと陸上部のみんなと話をしたかったのに、もう一年ほしいのに…

一年前のあの日のこと、まだ昨日のように、あたまの中にある。

あの日のこと、まだ昨日のように、頭の中にある。確かに、僕ははじめて宇治にきて、綺麗な景色をにびっくりさせられて、興奮と緊張でいっぱいだった。

始まり

ずっど期待していた留学生活がはじまった、最初の日の夜、僕は初めて同じ年の日本人と喋った。イギリスで生活したことのある、めちゃくちゃ英語が上手い日本人のルームメイトだ。そして、次の日、一年間留学する高校、立命館宇治高校に初めて行った、校舎に入った瞬間、緊張の気持ちがこみ上げできた。先生たちに挨拶して、教室に入って、短く自己紹介をして、先生からもらった席に座った。同じような顔のクラスメイト、また同じようなこえ、同じ服、僕は教室のうしろに座って、なにも喋べらなかった。

こんな日が一日二日、そして一週間もあった。あの一週間の中、僕は二回も違うバスに乗った。僕は本当にすぐに帰りたかった。すぐ初めたばかりの留学生活をあきらめたかった。すぐ親と会って、日本語をしゃべらなくてもいい生活に戻りたかった。

けれど、僕の生活はどんどん変わっていった。僕は陸上部に入って、いろんな人がしゃべってくれたし、クラスメイトともどんどん話し始めた。宿題も部活も忙しくなっていった僕は、いろんな事を忘れて毎日頑張っていった。

こんな感じで、僕の留学生活が順調に進んでいった。

友だち

立命館宇治高校にはいろんな留学生が集まっている、こんなことは僕が学校に行って来たら、一週間後に知った。あの日は留学生のウェルカムパーティーがあった。僕はそこでAFSからのサーシャたち、フランスからのアメニスと二カノラと会って、留学生の全員が初めて集まって、一緒にしゃべった。僕たちはラインを交換して、一緒にご飯を食べて、一緒に日本の文化祭を体験して、良い思い出を作った。

ちょうどこの時、僕は陸上部の長距離から短距離に行った。あそこで一年生の涼ちゃんと当時二年生の中国語を勉強してる先輩美咲さん、そしてすごくすごく良い先輩、僕の一生に影響した、有紀先輩に会った。その時間はほんまに良かった。何週間か後、三年生のすごく優しい蓮先輩も、休みから戻ってきた。あれは、本当に良い時間でしたが冬になって、涼ちゃんがスキーをやるため中国に行って、美咲さんは途中でいきなり部活をやめて、蓮先輩も私学総体の後に引退した。僕は一番いい友達であり一番優しい先輩でもある有紀先輩と一緒に、二人で陸上部短距離を続けていた。しんどかったが、毎日の部活はすでに、僕の学校に行く原動力になっていた。楽しい時間はいつでも早いから、3月の三年生の卒業が近づいていた。有紀先輩はもう大学の練習に行っても、僕をほっといて、大学で友達と一緒に練習してもいいのに、卒業まで僕と一緒に練習してくれた。最後の何日かぐらい、有紀先輩は色んなことを教えてくれて、僕の走り方を直してくれ、良い時間だった。言葉だけでは足りないのは知ってるけれども、有紀先輩、本当にありがとうございました。

卒業した人は戻ってこない、でも友情は続いてる、春休み、合宿に行きたい僕は、自分でホームステイを探すことになった。僕はもう卒業した蓮先輩に頼んで、蓮先輩の家にお世話になりました。蓮先輩と一緒に遊園地に行ったり、一緒に料理を作ったり、一緒にゲームしたりして、良い一週間でした。でもやっぱり、楽しい時間はいつでも早いから、僕はホームステイ最後の日でも、急いで家から出て、急いで部活に行った。慌ただしく終わってしまった。

学校に戻って、二年生になって、長距離のこころと同じクラスになった。新しい一年生も部活に入った。涼ちゃんも部活に戻ってきた。短距離の人数は僕の一人から七人にもなった。毎日頑張って練習して、僕の後輩である勝っちゃん、太郎たちとも仲良くなってきた。

でも、僕の留学生活はあと半分くらいな感じで、いよいよ終わりの目処が立った。

皆んな、ありがとう。

勝つことよりも、負けない人生

陸上部は僕の留学生活の大半を占めた。それは、留学に来る前の僕には、絶対に考えられないことだ。最初、適当に陸上部に入った。初め二週間はきつかったけど、中国人はそんなすぐ諦めるんだと思われないように、続けてただけだ。でもやっぱり、僕は、走るのが好きだ!

陸上部に入って最初の2日、ずっと雨だったが、練習は練習、雨と関係ない。それは陸上の日常だ。僕は部活ということをあんまり詳しくなかったか、最初、部活をさぼって、留学生と一緒に遊びに行くのは多かった。でも、留学は旅行じゃない。部活の皆んなが毎日頑張って練習して、僕と全然違うような感じのことを見て、僕もどんどん部活の時間が増えてきた。最初は土、日曜両方部活行かなかった。それから日曜だけさぼりになった。そして日曜も部活行くことがどんどん多くなった。皆んな朝も練習してるのを見て、ついに朝練も行くことになった。監督の荻野先生からは何も言われてないけど僕のメニューがどんどん真面目になってきた。11月、私学総体があった。ビデオを作ってくれたけど、今見たら、あのときの僕は本当遅かった。冬休み、毎日部活あるのがしんどかったけど、有紀先輩と一緒に練習する日は楽しかった。そして2月24日、宇治川マラソンがあった、8位まで入賞だけど、僕は11位で、惜しかった。マラソン大会の後三年生の送る会があった。この後、有紀先輩も部活行ってるけど、やっぱり僕はいつか有紀先輩は部活に来ないことを恐れていた。有紀先輩は最後に制服で学校に来た日、僕に言った、「大丈夫!新しい一年生が入ってくるはずだ!」僕はその言葉を信じて、何週間も一人で練習した。合宿も男子一人だったから、一人部屋だった。でも荻野先生が他の学校の人を紹介してくれたから、僕は合宿のとき、他の学校の友達と一緒に、楽しかった。4月に入って、試合がどんどん多くなって、僕のタイムが毎回試合でどんどん伸びてきた。最後の大会で、京都市ブロックで負けて、京都府インターハイも行けなかったけど、僕は確かに、成長した。ただまだ足りない、試合が負けたけれども、これからもっと頑張りたい、もっと良いタイムを出せるように。やはり、僕はこれからも陸上を続けたい、ずっと走りたい。走るのが好きだから。荻野先生の言う通り、「勝つことよりも、負けない人生!」

速いが、もうそろそろ終わるかな。留学生活はもう最後の時間何だけど、僕の人生は

つづく……

  • これは日本語で投稿されたものです

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