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陳天行さんの日記

冬休み

2018.01.29

冬休みはとっくに終わったけど、冬休みの旅行の記述はこれから続けようと思います。

潮岬を去って、翌日に熊野本宮大社に参りました。熊野本宮大社は世界遺産の紀伊山地の霊場と参詣道の一部で、今年まで、もう2050年の歴史をもっています。大きな鳥居を通って、丘の上に登りました。この神社には4つの神を祭っています。参拝したあと、また次の目的地に出発しました。

車が東に向かって、三重県を通って、五時間あと、名古屋に着きました。そこに行くのはホストファミリーのお母さんの実家を訪ねるためでした。実家のおばあさんがとても優しくて招待してくれました。

一泊泊まったら、みんないっしょにトヨタ産業技術記念館ヘ見学に行きました。記念館は昔の豊田紡織工場に基づいて改築したのです。豊田の自動車がみんなに知られているが、120年ほど前、豊田の事業は豊田佐吉によって発明された自動織機から発展してきたのです。だから、記念館は織機と自動車の2部分に分かれています。ロビーには巨大な機械が置いていて、1906に発明された環状織機でした。展示区域に入って、人間の紡織技術の発展を紹介するホールでした。その後は昔の広い作業場でした。ここには豊田のはじめの織機から、近年の最新の製品が展示してあります。そのうえ、工場が働いていた時の生産ラインも保存していて、見学者たちに綿から布までの生産過程を見せています。

車の好きな私にとって、織機はいくら精密でも、同じ動きを繰り返す機械です。私を引き付けるのは、後ろの自動車展示区域でした。入り口のところに、彫刻ともじで、トヨタが自動車産業に入った経緯を紹介しました。1929年、豊田佐吉の息子、豊田喜一郎が欧米の自動車産業を調査して、日本の国民的な車を作ると決心して、自動車部を設立しました。七年後、様々な困難を乗り越えて、トヨタのはじめの自動車、豊田AAが誕生しました。AAを作った場面を再現した部屋の後ろは豊田自動車技術の展示でした。エンジンは車の心臓です。AAが使っていた古いエンジンから現代のスタイルまで、列になって展示していました。その中に、世界初の革新もあるし、勇敢な試しもありました。次はトランスミッションやサスペンションなどの展示でした。どのシステムも、複雑の過程を経て、技術の進歩に従って、今の傑作になります。階段を降りて、ここはトヨタの代表になれるスタイルが止まっていました。50年代の凸凹なみちにでも使えるトラック、60年代の一般的な日本家庭に使われて初代カローラ、石油危機の後誕生した省エネルギーの各スタイル、並びに21世紀の電気で進むプリウス、各時代にふさわしいスタイルが同じところに集まって、歴史が目のすぐ前と感じしました。そのほか、また自動車の製造などの展示品がありました。

食器も自動車も、誕生した日から、ずっと少しずつ進歩してきています。新しい技術が一つ一つ出て来て、これらの機械も人間の文明の発展とともに変化しています。今見た古いもの、昔の時は最高の技術でした。そう考えると、今のすべてが未来の人にとっては、古い歴史ではありませか。人間は創造ができる生物だから。

トヨタロボットのバイオリん演奏を聞いて、記念館を出ました。

  • これは日本語で投稿されたものです

コメント

  • メイさん

    你和住家妈妈一起拜访妈妈的老家是吗?第一次看到丰田产业技术纪念馆内部。最后一张机器人会弹手提前是吧?下次有机会一定去听一听去。

  • ふーちゃんさん

    陳くん、こんにちは、日中交流センターの後藤です。研修中ですが、上手に日本語で日記かけていますよ~~GoodGood!トランスミッションやサスペンション・・・難しい日本語の専門用語も沢山知っているなんて、さすが陳くんは“車好き”だけありますね(^v^)bトヨタ自動車記念館に行けたことは、とても楽しい思い出の1つになってヨカッタね!

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