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Voice ~参加者の声~ [ふれあいの場] vol.20 徐攀さん

この世には偶然なんてない、あるのは必然だけ

名前
徐攀(ジョ ハン)   さん

プロフィール
1994年11月6日、湖北省鄂州市生まれ。生後3ヶ月で祖父母と一緒に四川省攀枝花市に引っ越し、同市で育つ。2013年、電子科技大学日本語学科に進学。日本語の勉強を開始し、日本文化、電子機器製品、日本のアニメ・漫画などに興味を持つようになる。コミュニケーションが得意で、友人も多い。大学在学中はプログラミングも独学で勉強し、さらに成都ふれあいの場の運営ボランティアとしても活躍。2017年に大学を卒業後はIBM(上海)に入社し、日本向け製品の技術開発を担当中。


種を撒き、苗を育て、花を咲かせる

写真 写真を拡大 四川一汽トヨタ自動車有限会社の見学

大学で日本語学科に入学して初めて、日本語と正式に出会いました。正直に言えば、その時の私は卒業後の将来について何も知らなかったです。日本語学科を選んだ理由はただ、高校三年生の時に理系から文系へ変わり、同時に、言語に興味を持ち、英語力も悪くないから、英語以外の言語を選ぼうかなと思い、日本語を専門に学ぼうとして決めました。それで、アニメ好きな私が日本及び日本語と縁で結ばれました。大学が大学と呼ばれるのはなぜか、それはやはり、その広さと許容性であろうと思いますが、大学に入ると、いろいろな活動が多くて、形式も多様で、どれもこれも魅力があって、目移りしてしまいそうでした。その活動のおかげで、私は初めて日本の魅力を体験でき、そして、そうした活動により、大学生活のターニングポイントと出会えました。それが、ふれあいの場との出会いでした。

まずは、私にとって一番印象に残っている活動、華道の活動についてお話ししましょう。その活動では日本の華道の大家の堀江先生を招いて実際に教えていただきました。それは私が主催者側と一緒に行った最初の活動であり、ふれあいの場及び国際交流基金との初めての出会いでもありました。その活動で、私は本場日本の華道の家元の方に教えをいただき、自ら花を生けてみることもでき、さらに堀江先生から直接指導も受けられました。それをきっかけに、私は初めて日本文化の美しさを身近に感じ、華道への興味が深まりました。また、ふれあいの場の活動にも強い関心を持つようになりました。

写真 写真を拡大 日本人学生との初対面

その後、私は週末によくふれあいの場へ行くようになりました。そこで日本からの留学生と出会い、いっぱい交流しました。授業では学ぶ機会がないような日常用語や日本の面白い話などをたくさん教わりました。その代わりに、私も中国での生活の豆知識や中国で生活する上での礼儀作法や中国人の習慣などを彼らに教え合いました。私たちは様々なことについて話をしました。文化、和歌や漢詩などについていっぱい話し合ったこともあるし、アニメキャラクターの優劣について討論したこともありました。そうして、私は日本語を練習し、彼らも中国語を練習しました。その間に、自分でも気づかないうちに中国と日本の文化が交わる中に身を置くこととなり、そのおかげで、私の日本語も上手になりました。心のどこかで、溜まっていた力が、外に出るチャンスを待っていたように思います。

ちょうどその頃、ふれあいの場の郭晶先生が私にチャンスをくださいました。私も運営ボランティアの一員になり、ふれあいの場のことをもっと深く知るようになったのです。大学生交流事業で訪中した日本人学生の到着から帰国後のアンケート集計まで、みんなと話し合って活動計画を立て、現場でイベントを行って、仕事の辛さを体験できたのと同時に、収穫の喜びも感じました。その時習った最後まで頑張り抜くことや全体的に考えることなどは、私にとって一生の宝物になりました。そのお陰で、IBM社の就職面接に合格できました。電子科技大学附属小学校で行った夏祭り、四川一汽トヨタ自動車有限会社の科学普及教室、手芸イベントと2017年の大学生交流事業などの活動を通し、私も一人前のボランティアになれたと思います。

青年は国家における「将来」であり
青年は世界における「絆」である

写真 写真を拡大 歓迎セレモニー

2017年3月は忙しい一ヶ月でした。ただ春を迎えるのに忙しいだけではなく、日中の大学生たちとの友情を一歩前に進めるために忙しくなったのでした。もちろん、私たちだけがそれを推進したのではなく、そのチャンスを作ってくれたのは国際交流基金とふれあいの場でした。

2016年の半ば頃、郭晶先生から大学生交流事業に関する情報をいただき、年末には具体的な計画やスケジュールができあがりました。その時私は四年生で、既にふれあいの場で一年ほどボランティアをしていました。そのため、私は中国側カウンタパートのリーダーに任命されました。冬休みには、WeChatのグループを作り、日本側の大学生たちとオンライン上で初対面を果たし、色々と話し合って具体的な計画を立てながら、忙しく過ごしました。日本人学生たちが訪中時に日本から持ってくるものについても相談しました。とても有意義な体験でしたが、緊張し、辛いと感じることもありました。リーダーとして全体を把握しないといけない、きめ細かく指示を出さないといけないなど、責任の大きい仕事で大変だなと思ったこともあります。

写真 写真を拡大 電子科技大学のキャンパス見学

新学期が予定通り始まりました。普通に授業を受ける傍ら、カウンタパートの皆を集めて日本人学生の皆さんとビデオチャットする等、色々準備をしました。日本の学生の皆さんがいよいよ到着し、空港へ出迎えに行ったその夜のことはいまでもはっきり覚えています。到着は夜で、市内へ向かう中、カウンタパートの皆は興奮気味に成都の街を紹介しました。翌日の朝、皆で寮の前に集まって日本の学生を歓迎した場面もまだ覚えています。日本の皆さんは熱心に、成都の文化や四川料理の特徴や四川人の性格などについて質問してくれました。でも、一番印象に残っているのはやはりイベント当日、皆で広場に集まって「恋ダンス」を踊ったことです。そのダンスは非常に注目され、多くの来場者から「本当に面白い、素晴らしいイベントだね」と言っていただきました。それを聞いて、踊るのが下手な私でも自然と誇らしい気持ちになりました。

七日間の交流はあっという間に終わってしまいました。帰国日の朝、空港で皆が涙ぐんでいた姿は忘れられません。安全検査を通ってからも何度も何度も振り返って、ずっと手を振ってくれた姿が目の前に浮かんできます。きっと、いつかどこかでまた会えることでしょう――。今回の大学生交流事業は、私にとって、単にリーダーとしての力を鍛えさせてもらっただけではなく、国境を越えた友情を得ることができました。嬉しいことに、同じ年の6月、四川省政府の随行通訳として訪日した私は、日本で皆と再会することができました。また、イベントを通じて得た全体を考える経験のお陰で、IBM社の就職面接にも合格し、入社することができました。

写真 写真を拡大 成都ふれあいの場での集合写真

私たちはまだ若い青年ですが、若者は一国の希望です。国際交流基金が与えてくれたチャンスに、私たちの努力と頑張りが加わることで、中日友好の架け橋がより強く、より美しいものとなることを望んでいます。私はこれからも、国際交流基金の活動やイベントをもっと多くの人に知ってもらい、参加してもらえるように頑張りたいと思います。もちろん、可能であれば私も積極的に参加し、私たちの友情の絆が永遠に続くように努力していきたいと思います。

2018年1月9日
成都ふれあいの場学生ボランティア
徐攀

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