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Voice ~参加者の声~ [大学生交流事業] vol.8 万 健さん

「ふれあい」がくれた宝物

写真を拡大 日本のみんなが学校に来た初日。他の学生たちと違って、なんだかみんな初日にもかかわらずとても仲がよく、まるで旧友みたいだと、引率の塚本先生から言われた

名前
万 健まん  けん さん

プロフィール
中国雲南省出身。四川省成都市の西南民族大学日本語学部三年生。2015年9月に成都ふれあいの場のイベントに参加。2016年2月、日本に短期留学することとなり、東京で当時の日本側のメンバーたちとの再会を果たした。

写真を拡大 イベント開始前の最後の打ち合わせ。張瀟君がメンバー全体に指示を出し、一致団結した

いつも憧れていた「ふれあい」

初めて、この日中友好交流・ふれあいの場の事業を知ったのは、成都の広島・四川日中友好会館にある成都ふれあいの場でのことだった。とても羨ましく思うと同時に、また成都でこのイベントが開催されたら、絶対参加すると常に心に決めていた。そして、今回のイベントが僕の学校で行われると聞いたとき、まるで夢みたいだと思い、本当に嬉しかった。

イベント開催は去年9月のことだった。今から振り返ると、なんだか宝くじに当選したかのような気がしていた。なぜなら、ふれあいの場から僕は本当に素晴らしい「宝物」をもらったからだ。

「ふれあい」からもらった経験

何事もやはり経験だ。

本番までの準備期間は十分な時間があったが、準備はとても複雑だった。イベントは三百人以上に参加してもらうという目標があり、決して大きいイベントとは言えないが、僕の学校では少し難しいように思えた。そしてなにより、中国側の学生たちは皆、正直にいうとイベントを運営した経験が皆無だったのだ。

写真を拡大 イベントは大成功! みんな楽しい顔をしている。今見てもすごく感動します

準備はネット上の連絡から始まった。道具の用意から学校への申請まで、日本のみんながとても詳しく段取りを説明してくれた。何より僕が感心したのは、日本側の学生はそれぞれ違う学校に通っているのにもかかわらず、週に一回は打ち合わせを行っていたことだった。彼らのイベントに対する真面目さに僕は本当に感動した。

日本のみんなのおかげで、僕たちもイベントはどのように準備をすれば良いのかということがわかるようになった。迷わずイベントのために、一生懸命準備を頑張り始めた。イベント会場となる教室の予約や道具の準備と購入、学校への活動許可の申請、そしてイベントの宣伝などと中国側のみんなも全力で走り出した。

イベントも大成功だった。

事前準備をはじめ、イベント当日の会場管理や後始末、これらすべてが僕の貴重な経験となった。日本の友達から学んだ大切な経験だ。

貴重なのは経験だけではない。みんなと一緒に作り上げた思い出も僕の「宝物」だ。

みんなと一緒に作った最高の思い出

9月15日、ついに日本のみんなが成都にたどり着いた。ちょうどその前日の14日は日本側メンバーの1人祐介君の誕生日だったので、特別にケーキも用意した。これが日本側メンバーと僕たち成都メンバーと初めて一緒に味わった感動だった。次の日には、お互いの親睦を深めるためのアイスブレイクを行った。ゲームを通して、みんなの心はすぐ近づいたのだ。そしてその日、僕はガイドの役を志願して、学校を案内した。その緊張感は今もはっきりと覚えている。

写真を拡大 最後の送別会、みんな泣いていた。いつかまた会おう、そうみんなで約束を交わした。

みんなが仲良くなったところで、忙しい準備期間が始まった。みんなそれぞれの役割分担があり、僕は買い出しを任されていた。何軒ものスーパーをまわり、今までに経験したことのないぐらいの疲れを感じたが、日本のみんなと一緒に笑っていると、どんな苦労もすぐには忘れることができたのだ。夜になると、僕は日本のみんなと一緒にホテルに泊まり、翌日の準備をするとともに、冗談を言ったり、笑ったり楽しく過ごした。睡眠時間が非常に少ないのにもかかわらず、みんなが嬉しい顔をしていた。

イベント当日、本番だということでみんなやる気に満ち溢れていた。二三百もの人が本当に来たのだ。参加者がこれほど多かったのにもかかわらず、みんなが協力し合い、イベントを最高のものにした。その時のみんなの笑顔はとても綺麗なものだった。

最後の送別会。僕ももちろんだが、みんなも泣いた。短い時間だったけど、本当に生涯の友達になった。そう。この友達がふれあいの場がくれた一番大切な「宝物」だ。

永遠の友達

張瀟君、みんなのリーダーだ。いつもニコニコしているが、リーダーシップの塊だ。みんながうまくことを進められないとき、いつも張君に頼った。僕にもたくさん世話をしてくれた。張君は日中友好のために、自分自身で日中フリーハグという活動を行っている。とてもすごい人だと思う。

藤田健太郎君、みんなは藤田君のことをケンタと呼んでいる。日本側チームの中で一番年下だけど、とても優しくて頼もしい。ケンタの顔芸は素晴らしくて忘れがたい思い出になった。

棚橋祐介君は背が高くて格好よく、そして一番優しい人だ。いつも丁寧にみんなに指示を出してくれていた。そして、外見と違ってとても繊細だった。みんなのことを大事にしているのがとても伝わってくるのだ。

渡部ひとみさんは、とても綺麗な人だ。僕のお姉さんのような存在で、何度も僕を助けてくれた。着物体験を担当していて、着付けができるひとは本当にすごいと思った。

谷田部友理さんは北京に留学したことがある。日中友好の学生団体に参加している。日中青年交流にとても熱心な人で、僕も日中友好のため、なんとかしたい。

写真を拡大 2月、僕はまた五人と再会しました。久しぶりでした。みんなそれぞれ忙しくても、僕のために来てくれて、本当に感動しました

感動の再会と忘れられない日本の体験

成都で結ばれた絆は東京にも続いた。僕は2016年の2月、日本に短期留学する機会を得たことができた。あのときの五人と再会を果たした。僕達六人がまた同じく成都のように、日中交流会を計画した。来場者は三十人程度だったが、とても楽しかった。張君と棚橋君の料理を作る姿もまた見られたのは夢のようだった。ちなみに、僕もまた買い出し役をした。9月の成都でのことがまた目の前に浮かんできて、なつかしかった。そして、みんなは忙しかったのに、わざわざ僕のために会いに来てくれた。本当に感動した。

その後、張君の誘いで、僕も日中フリーハグの活動を参加した。イベントの場所は横浜の中華街で、とても賑やかな街だった。人ごみの中で、僕は張君と一緒にフリーハグの看板を高く掲げて、ハグを求めた。

最初は、恥かしくて緊張したが、初めてのハグが来たとき、とても嬉しかった。こういう感動が、日中関係を温めることに繋がるんだという思いから張君がこの活動を始めたのだろうかと僕は思った。終わったあと、張君と一緒に美味しい焼き肉を食べた。それは僕が日本にいった間で一番美味しかった料理だった。

それで終わりじゃなかった。なんと張君は僕が江ノ島に行きたいことを知っていて、僕を江ノ島まで連れて行った。人生の中での初めての「海」。ずっと行きたかった江ノ島を見たのは忘れられない思い出になった。

江ノ島のあと、静岡焼津市に行った。日本の田舎を体験できたのは、今回の僕の訪日研修のスケジュールにないことだった。張君のおかげで、僕はまた違う点で日本を体験できた。感動もう止まらなかった。

写真を拡大 日本から来た五人の学生、僕たちの永遠の友達です(左からケンタ君、祐介君、ひとみさん、友理さん、張君)

「ふれあい」からもらった宝物

ふれあいの場があって、本当に良かった。

ふれあいの場がなかったら、僕はきっとこういう素敵な友達に出会えなかっただろうし、このような素敵な経験も思い出も得ることはできなかっただろう。全部が私の宝物だ。

これまで、大都市や名門校での交流イベントはたくさんあった。
更に僕たちのような普通の学校や一般の人たちの交流ができる場が増えれば、日本と中国もきっと私達のような親しい友達になれると私は信じている。

2016年3月24日 万 健

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