心連心ウェブサイトは日本と中国の若者が未来を共に創る架け橋となります。

  • 日本語
  • 中文

―日本と中国の若者が未来を共に創る―

  • HOME
  • 日中交流センターとは?
  • 高校生招へい事業
  • ふれあいの場事業
  • ネットワーク強化事業

心連心トップページ > 高校生招へい事業 > 留学生のその後を知る > 卒業生インタビュー

卒業生インタビュー

インタビュー 心連心プログラム修了生の「日中交流の担い手」として成長した様子を取材します。

Vol.038 武漢「3人娘」、友情、成長、それぞれの道

写真を拡大左から宋さん、樊さん、荘さん。2015年11月、東京で「再会」した3人は、箱根旅行を楽しんだ。

名前
宋 礼農そう   れいのう さん

プロフィール
  1993年湖北省武漢市出身。武漢外国語学校で、第一外国語として日本語を学ぶ。2009年9月〜2010年7月、「心連心:中国高校生長期招へい事業」第四期生(以下、「心連心」4期生)として、静岡学園高等学校に通う。高校卒業後、2011年9月、北京外国語大学に推薦で進学。2015年9月、東京のグローバルコンサルティング会社に就職。

樊 雪妮はん  せつに さん

  宋さんの武漢外国語学校の同級生。同じく「心連心」4期生として、盛岡中央高等学校に留学。早稲田大学商学部を卒業後、2015年10月から東京の大手監査法人で働いている。

荘 思斉そう    しせい さん

  宋さんの武漢外国語学校の同級生。同じく「心連心」4期生として、東京学芸大学附属高等学校大泉校舎に留学。北京第二外国語学院日本語学科を卒業後、2015年9月より東京大学総合文化研究科に、研究生として進学。

東京での再会


写真を拡大2010年の年初、東京大学を見学する宋さんと荘さん。荘さんは現在、このとき見学した東大に留学中だ。

  宋礼農さんが東京の丸の内にあるコンサルティング会社に就職して半年ほどがたつ。1人暮らしのワンルームにはシングルベッドとちゃぶ台が1つ。いたってシンプルな部屋には、新生活が始まってまだ間もない雰囲気が漂っている。

  宋さんが「心連心」4期生として、静岡学園高等学校に留学したのは2009年のことだった。帰国後、武漢の高校を卒業すると、北京の大学に進学。そして2015年9月、社会人1年生として、再び日本に戻ってきた。

  実は宋さんには、東京で「再会」を果たした旧友がいる。それは宋さんと同じ「心連心」4期生の樊雪妮さんと、荘思斉さんだ。

  3人はもともと武漢外国語学校の中等部から高等部まで、共に日本語を学ぶクラスメイトだった。大学進学で北京と東京に分かれたものの、昨年秋には、3人とも東京で就職や進学をし、新たなスタートを切った。

  「中学のころから仲はよかったですが、生涯の友といえるような関係になったのは、『心連心』の留学を通じて、3人だけが共有した想いや体験があったからだと思います」

  正確な日本語で、訥々と話す宋さんからは、真面目そうな人柄が伝わってくる。

武漢の仲良し3人娘、日本へ


写真を拡大2011年8月、樊さんが早稲田大学に留学する前、一緒に記念撮影。

  「心連心」では、宋さんが静岡、樊さんは岩手盛岡、荘さんは東京近郊と留学先が異なった。そこで3人で同じ携帯電話会社に加入し、無料通話サービスをフル活用した。

  「しょっちゅうスカイプでチャットしたり、毎晩のように電話し合ったりしていました」

  その日の出来事を報告することもあれば、困ったことを相談したり、励まし合ったりしたこともあったそうだ。特に「最初の3か月はなかなか慣れなかった」と言う宋さん。そんなとき、同じ境遇で話ができて、気心も知れた友達がいることは心強かった。

  幸い、留学先で大きな問題が起きることもなく、入部したテニス部では、日本人の仲のよい友達もできた。試合に参加し、部員仲間と一緒にお弁当を食べたこと、咽喉が枯れるまで先輩の応援をしたりしたことは、今でもよい思い出だ。

  ホストファミリーにも恵まれた。この御家族とは、帰国後も毎年、お正月にプレゼント交換をしたり、東京でインターンをしたときは静岡まで会いに行ったりするなど、親しい関係が続いている。昨年はまた、中国の両親を連れて、ホストファミリーを訪ねたそうだ。

つらい時を支えた友達の電話


写真を拡大2015年9月、樊さんの早稲田大学卒業式に参加した(かけつけた)宋さんと

  そんな話をしていたとき、ピンポーンと部屋のチャイムがなった。

  「こんにちは~」と日本人のような日本語で入ってきたのは、「生涯の友」の1人、樊さんだった。彼女も東京で就職して半年ほどになる。宋さんとは比較的家が近いということで、取材に参加していただいた。

  もう1人の荘さんは、東京大学で研究生しているが、あいにくこの日は大学院の入試準備のため、参加はかなわなかった。

  ちゃぶ台の前で正座をした樊さんに、さっそく「心連心」での3人の交流についてたずねると、「最初、私が一番なじめなくて……」と、話が始まった。樊さんの受入校はもと男子校で女生徒が少ない上、留学時、すでに仲良しグループができていた。このため、途中から仲間に入るのは難しく、つらい思いもした。

  それでも、「携帯の無料通話時間が終わる夜9時まで、2人にたくさん話を聞いてもらいました」と、快活に話す樊さん。彼女たちからの励ましもあって、部活動やクラス替えなどをきっかけに、留学生活は楽しいものへと変わっていった。

  ちょうどこのころ、宋さんと樊さんは「ファッションに目覚めた」と言うので、「恋でも?」とたずねると、「まあまあ」と、宋さんは言葉を濁す。そこに樊さんが、「彼女は“花痴”(かっこいい男子に盛り上がる女の子)だったから!」と突っ込みを入れ、だんだん「女子トーク」のノリになってゆく。

「遠距離」で育まれた友情


  大学進学は、宋さんが北京外国語大学、樊さんは早稲田大学、荘さんが北京第二外国語大学と別の道を進んだが、3人の関係は変わらず続いた。

  「東京の樊さんとはなかなか会えませんでしたが、時々、SNSのビデオチャットを使って、3人で部屋着のままおしゃべりをしたりしていました。それに毎年1回、春節の時には、故郷の武漢で3人の会をやるのも恒例でした」と、宋さん。

  その日は終日、遊びにいったり、ご飯を食べたり、誰かの家に集ったりして、1年分のつもりにつもった話に花を咲かせたそうだ。

  ところで3人の中で、姉妹的な関係はないのか。そう聞いたところ、宋さんは「昔はなかったけど、樊さんはお姉さんになった」と話す。

  「すごく自分の考え方を持っていて、私が困っていることを分析してくれます」

  宋さんが大学3年のときに開催したイベントで、樊さんに陰ながら助けてもらったことがある。それは日本語学科の学生会会長として取り仕切った「文化祭」でのことだ。

  当時、北京外大の日本語学科には、大きなイベントがなかった。そこで、これまでにない催しにしたいと考えた宋さんは、北京の他大学の日本語学科とともに、撮影コンテスト、紅白歌合戦、文化広場という3つの行事を1つにした「文化祭」を企画、さらに国際交流基金の協力も得て、日中交流イベントとして開催することになった。これが本当に大変だった。

3人の日中交流イベント体験


写真を拡大「心連心」4期生の戴露菁さん、韓翠婷さん、劉思妤さんとともに参加した済南ふれあいの場開設記念式典。オープニングの目玉「日中交流イベント」の運営を担当した。荘さん(前列中央)、宋さん(前列左から2人目)。

  「各チームからはいろいろなトラブルが次々に持ち込まれ、それらを時間がない中で、解決していかなくてはなりませんでした」と、宋さんは振り返る。

  「彼女は、人前では会長として、いつも笑顔でいるタイプなんです」と、樊さんは言う。しっかりものの宋さんは、仕事を他の人に振れず、全部、自分で抱え込んでしまうところがあった。また、責任者という立場上、同じ大学の仲間には問題や悩みを相談しづらかった。

  このとき、樊さんや荘さんが、気持ちのはけ口になってくれたことが、大きな支えになったそうだ。

  「宋さんの心が折れていないか、ちょいちょい電話で確認していました」と、樊さんは冗談めかす。実は樊さん自身も、早稲田大学在学中、「日中学生交流連盟」という学生交流団体の連盟組織の立ち上げに関わった経験を持つ。この連盟が国際交流基金や大手企業と共催した「リードアジア」というイベントでは、日中の調整役も担った。

  「いかに、他の学生たちを巻き込んでゆくか、アイデアを絞った」と話す樊さん。宋さんとは、国や立場の違いはあったものの、交流イベントの大変さでは共感できるものがあった。

  また、荘さんは、武漢外国語学校のときから「班長」というクラスの責任者を経験し、大学3年のときには日本語学科内の党組織のトップとして、学科のまとめ役を担っていた。宋さんと樊さんいわく、荘さんは「ゆるキャラ風」の温厚な人柄だそうだ。

  宋さんとは同じ北京在住ということで、時々、顔を合わせる機会もあり、文化祭当日には、北京第二外国語大学の学生たちと一緒に、見に来てくれてきてくれたと言う。

  「2人がいなかったら、どうなっていたかわからない」

  しんみり話す宋さんに、「またまた何言っているのよ!」と、樊さんが明るく笑った。

いつか一緒に起業を


写真を拡大高校卒業前後、武漢にて。まだ「かわいい女の子」という雰囲気の3人。後ろに写るのは、武漢に遊びにやってきた、「心連心」4期生の韓翠婷さん。

  もっとも、宋さんばかりが2人に励まされていたわけではない。東京にいた樊さんにとって、北京でがんばる宋さんたちの存在は刺激になったと話す。

  後日、荘さんに電話取材をした時には、「私のほうこそ助けてもらったんです」と、そんな話になった。彼女もまた、日本語学科の責任者の1人として、学科最大のイベントである紅白歌合戦を取り仕切ることがあったそうだ。

  「もともと4人でやるはずだったのですが、2人が交流事業のため日本に行き、私ともう1人だけになってしまいました」

  学内で最大の会場を使い、200~300人は集まるイベントだ。人手が足りず、上手くできるか、自信が揺らいだ。このとき、励ましてくれたのが宋さんだった。

  「イベント当日も友達と一緒に来てくれて、元気づけてもらいました」と、荘さん。

  特に、3人がそれぞれ交流イベントに尽力していたころは、日中関係が悪化していた時期だった。その中で、日本に関連した行事を成功させることは、容易なことではなかっただろう。

  こうして、大学時代の体験を通じて一まわり成長した3人は、今、東京で、次のステップへと、足を踏み出したところだ。

  東大の大学院入試にのぞむ荘さんには、いずれ、日中関係のジャーナリストになりたいという夢がある。宋さんと樊さんは当面、仕事で忙しい日々が続きそうだが、「将来的には、一緒に起業したい」という話もしているそうだ。

  「心連心」でつながり、大学時代を通じて育まれた「3人娘」の友情が、いつか1つの大きな実を結ぶことに期待したい。

  【取材を終えて】
  違うようで似ている、似ているようで違う。そんな印象の3人。彼女たちにそれぞれを表現してもらうと、宋さんは「おしゃれでゲーム好き」、樊さんは「明るく快活で、カラオケ上手」、荘さんは「人柄のよい文学少女」。性格も趣味も違うのに、どこか似た雰囲気があるのは、3人とも1つのことをやり遂げる芯の強さを持っているからかもしれない。

(取材・文:田中奈美 取材日:2016年1月24日)

ページTOPへ