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卒業生インタビュー

インタビュー 心連心プログラム修了生の「日中交流の担い手」として成長した様子を取材します。

Vol.025 韓 翠婷さん

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名前
韓 翠婷かん すいてい さん

プロフィール
  1993年、山東省済南市に生まれる。心連心プログラム第四期生として、2009年から東京都八王子市にある帝京八王子高等学校に留学。2011年に上海財経大学に入学。専攻は外国語学部ビジネス日本語学科。現在は地域経済学を専攻するため、同大学院への進学に向けて勉強に励む。

多才さが魅力


  韓さんを取材したのは7月中旬の上海市。強い日差しが指すなか、軽い出で立ちで現れた韓さんは、もの腰がとても穏やかで気取ることのない自然な感じが印象的だった。日本の映画について嬉々として話す姿は、普通の大学生そのもの。ただ、その落ち着いた佇まいには、物事へのしっかりした考えが根付いている。

  現在は地域経済学を大学院で学ぶために勉強中。日本語を専攻していると聞き、文系と思い込んでいたが、一番好きな教科は数学。アーティストの草間彌生のファンで、趣味でグラフィックデザインを手がけたりもする多才な一面を持っている。

故郷へ


  韓さんは2013年11月、半年ぶりに済南市に帰郷した。同市山東師範大学内にオープンする「済南ふれあいの場」の記念イベントにスタッフとして参加するためだ。ふれあいの場設立の趣旨は、主に青少年を対象に対日理解と交流を深めること。日本の最新情報や日本人と接する機会が少ない中国の地方都市に設置されており、今回が12都市目となる。

  済南市は水のきれいな歴史ある都市で、天然の泉水が多くあることから、「泉の街」としても名高い。生まれ育った地で、日本留学経験者として学生たちへのプレゼンを任された韓さんは、「緊張と新鮮さがで入り混じった気持ち」でパワーポイントを用い、春は桜、夏は花火と日本の四季を彩る風物を紹介する役を成し遂げ、故郷に錦を飾った。

  済南市は日本人のコミュニティーも少なく、日本文化に触れる環境も大都市ほど多いとはいえないのが現状。韓さんの実体験に基づいた発表は、学生たちに「日本文化に初めて出会ったような反響をもって迎えられた」そうだ。

  イベント中、日本語の上手い下手にかかわらず、日本人スタッフとコミュニケーションを図ろうとする現地の学生たちの姿に出会った。日本と中国の深い関係に改めて思い至り、「日中の若者の間のつながりを深く感じた」と韓さん。ふれあいの場の設立が、両国の学生たちの友好を深めるきっかけとなることを信じている。

旅で見つけた自分


  このように活動的な韓さんの個性を育んだのは、7歳の頃から母親と一緒に行った中国各地へのスケッチ旅行。行く先々で、風景や古い町並みをスケッチブックに留めてきた。美しいものや、歴史あるものを見て育った韓さんは、自身の感性を磨くとともに、現地の人との交流を通じさまざまなものの考え方を学んだ。

  「いろいろなところに旅をして、違う角度から物事を考えられるようになった」と韓さん。

  ものごとを、大らかに捉えられるのは、豊かな人生経験に由来しているようだ。いまも旅行が大好きで、しばしば上海市郊外へ一人旅をする。初めて行く場所で、自分の力で探し歩いて、現地の人や風俗、歴史と触れ合うのが好きなのだと話す。今年4月には、2泊3日の小旅行で、江蘇省の無錫市へ。その頃無錫市はちょうど地元で有名な太湖の桜祭りの最中。日本の上野公園で見た桜を思い出したという。

ものづくりの心


  日本への想いのルーツは、子どもの頃まで遡る。韓さんの父親は、トヨタの関連会社で、エンジン部品の熱処理をする会社に勤務。会社を通じ、日本に研修旅行へ行ったこともあったという。そんな父から子どもの頃に日本の“ものづくり”に対するこだわりを聞く。彼女の身の回りにあった、「オンキョー」や「ソニー」の製品には、子ども心にも、その精神が宿っているように感じた。日本語との出会いは、中学生の時。山東省唯一の外国語教育に力を入れている中高一貫性学校、済南外国語学校に進学し、日本語を学び始めた。途中伸び悩んだこともあったが、意味が分かるようになると、楽しくてめきめきと上達した。

  そんな彼女に日本語の先生は、高校1年生の時に「心連心プログラム」を勧める。韓さんは両親の後押しもあって、面接に挑戦することを決意。面接地の北京市まで列車に乗り一人で向かった。

生粋の「リケジョ」


写真を拡大初めて部活にも挑戦。仲間と一緒にバドミントン部で汗を流したのは、忘れられない思い出だ。

  韓さんは2009年から東京都にある帝京八王子高等学校に留学。特進クラスに所属し、朝から晩まで勉強に励んだ。

  来日後友達と初めて行った秋葉原。街にあふれるマンガやアニメの2次創作品や電化製品を見て、「本当に日本に来たんだ」と実感したという。メイド喫茶にも足を運び“萌え”の文化にも触れた。

  日本の学校で一番印象残ったことは、と聞くやいなや、生物の実験と答えた彼女は、根っからの“リケジョ”(理系女子)だ。客観的なデータと証明を通じて、結果を導くことができるからというのが好きな理由。中国では学習環境の違いもあり、実験を通じて、楽しさや難しさを感じる得る機会はあまりない。これは、大学受験偏重の弊害でもあるが、良い点数をとること自体が目的化しているためでもある。

  最も記憶に残っているのは、鶏の手羽先の解剖だ。メス、ピンセット、ペンチなどを使って、鶏の筋肉や腱の位置、筋肉や骨の動きを、実際に目で見て確かめた。中国では教科書だけで済ませてしまう事柄を、日本では実験を通じ教えることに、大変感動したそうだ。

  高校生活では、ボウリングにカラオケと日本の女子高生と同じ楽しみを共有。クラスメートとはいまもSNSで連絡を取り合い、親しく親交を続けている。

調布のホストファミリーと


  特進クラスでの勉強、初めて所属する部活、と、中国よりハードな学校生活を過ごした韓さん。自分を我が子のように支えてくれたホストファミリーへの感謝は深い。

写真を拡大イタリア料理店を営むホストファミリーと。お母さんに初めて着付けてもらった浴衣で、隣町のお祭りへ。日本の風情を味わった。

  韓さんは、遠くから学校まで通うため、毎日朝5時に起床。居間に向かうと、朝ごはんを用意するお母さんとお父さんがいつも待っていてくれた。彼女は小学生の時、両親の仕事の都合で、ずっと祖父母と一緒に生活してきた。自分を支えてくれる日本のホストファミリーに出会って、故郷の祖父と祖母の姿を思い出したそう。

  特進クラスは土曜日も授業があり、駅まで向かうバスはその日は運休。このため土曜日の朝はいつも駅までお父さんが付き添ってくれた。ほの暗くも、のどかな調布市の朝の風景。季節が秋から冬へと移ろうとするなか、道中では昨日のテレビドラマや、お父さんの若かった頃のこと、学校生活など、さまざまなことを話した。

身近なところから架け橋に


  韓さんが留学を通じて学んだことの1つ。それは、日本と中国双方がもっと相手を理解することの大切さだった。今の日本と中国の関係は個人レベルの感情にも波及し、お互いの国をよく知らないがために、誤解が生まれることもある。現在、お互いの国が相手をもっとよく知るための環境は十分とは言えないが、留学を経験した中国人として、韓さんは身近なところから両国の架け橋になりたいと考えている。

  自分ができることとして「ブログや直接の交流を通じて、日本の皆さんに自分が生活している中国を知ってもらいたい」と話す韓さん。そして、それを伝える中国人の1人として、自分の国の問題についても正しく見る目を養っていく考えだ。

  旅行好きな韓さんは「旅行で行った先々の風景の写真を日本の皆さんに見てもらうことで、中国の良さを伝えていきたい」と話す。さまざまな人から受け取った思いを胸に、彼女はこれからも旅を続けてゆくだろう。

  取材・文:工藤光暢(NNA) (取材日:2014年7月18日)

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