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卒業生インタビュー

インタビュー 心連心プログラム修了生の「日中交流の担い手」として成長した様子を取材します。

Vol.015 徐 佳凝さん

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名前
徐 佳凝じょ かぎょう さん

プロフィール
  1991年生まれ、瀋陽市出身。「心連心」プログラムの三期生として、2008年9月から2009年7月まで、北海道の立命館慶祥高等学校に留学。中国に戻り高校を卒業したのち、京都市内の語学学校での受験準備期間を経て、2012年4月、東京大学に入学。将来の夢は建築家。

写真を拡大東京大学本郷キャンパス内。奥に見える茶色い建物に、建築学科がある。紅葉の美しいこの場所で、インタビューした。

  6年前、高校2年時に「心連心」のプログラムに参加した徐佳凝さん。
  高校卒業後は東京大学に進学し、現在、工学部建築学科に籍を置く。
  2年生の後期に入り、ようやく専門の授業が始まったところだという。
  今回話を伺ったのは、よく晴れた週末の東京大学本郷キャンパス。
  工学部棟1階にはスターバックスコーヒーが店舗を構えていた。
  ここでよくコーヒーを買うと言うので、コーヒーが好きかと尋ねると、
  「課題制作で徹夜したら、ブラックを飲まないと眠くて」との返事。
  徐さんのハードな毎日が瞼に浮かんだ。

東大で建築家を目指す理由。


  ――「心連心」のホームページで、徐さんの北海道留学時代の日記を
読みました。

写真を拡大「建築家の前川國男の自邸」という課題で作った模型。日本の伝統とモダニズムが融合した家の内部構造を強調するため、屋根をはずした。「先生からは、『考えはいいけどもっと細かいところまで作って』と言われました」と徐さん

  高校の行事で、東京大学のキャンパスを見学に来たんですね。
  「昔の日記・・・恥ずかしいなあ(笑)。
  あのときは強い印象を受けたけれど、ここに来た一番の決め手は、
  他では学べないものが学べると思ったから。
  東京大学は、自分の個性が出しやすい場所だと感じています。
  例えば専門授業の課題制作で、先生はまず学生の制作意図を理解し、
  方向性を一緒に考えてくれる。ただ、方向性が決まれば後は全部自分。
  失敗してやり直しの連続ですが、制作プロセスの実践はとても勉強に
  なります。
  課題に追われながら、何日も徹夜することもありますよ。
  そういうとき同じ学科の友人とは、朝、
  『おはよう』じゃなくて『課題どう?』って言いあってます(笑)。」

  ――コーヒーが飲みたくなるのも納得です(笑)。なぜ建築家を目指すように?

  「理系の自分がデザインをやるなら何がいいか考えたら、建築に辿りつきました。
  デザインや映像編集は、昔から好きなんです。
  中学生の頃にインターネットで見た日本人のデザイン作品には、影響を受けました。
  視覚的に派手でインパクトがあるだけのものと違い、
  シンプルな中にもちゃんと意味があるところに惹かれた。
  “日本”を意識しはじめ、中学3年の外国語選択授業では日本語を選びました。」


「部活で本気」に触発された高校時代。


  ――それが「心連心」プログラムへの応募につながるんですね。

写真を拡大北海道の高校で、留学生仲間と。

  「はい。北海道での高校生活は、僕にとって本当に大きな転機でした。
  大学進学は中国でと考えていたのに、“放送局”の部活動を通じて
  変わった。
  放送局(放送部のようなもの)ではアナウンス活動以外に、
  映像撮影やラジオドラマ制作もするんです。
  当時の部員は6人でしたが、本格的な機材や映像編集ソフトを
  使いこなし、
  “やるからにはプロ並みのものを”という高い意識をみんな持っていた。
  中国では、なかなかそこまでやらないので、
  日本の高校生は部活動でも本気なのかとびっくりしましたね。
  そんな衝撃を受けて僕も、『もう自分が満足できないもの(作品)は
  出さないぞ』と決め、編集ソフトの分厚い6冊の説明書を
  読み込むなどして、スキルを磨きました。
  放送局の仲間との活動があったから、僕は日本で進学し、
  デザインを学ぼうと決めたんだと思う。」

「サークルでも本気」な大学生の今。


  ――現在はどんなサークルに入っていますか?

  「参加しているのは3つです。
  趣味ではじめた映像制作サークル『スピカ』 と、英語スピーチサークルの『ESS』、
  あとは、クラスメイトが立ち上げたばかりの、貧困解決を目指す活動。」


  ――3つも!

  「『スピカ』では監督やカメラマンなど、役者以外なら何でもやります(笑)。
  他の2つは友達に声をかけられて、そのまま流れで始めました。
  来月末に東京大学で、『ESS』主催のスピーチコンテストがあるんです。
  いま準備の真っ最中なんですけど、僕は副実行委員長で、
  委員長と各部隊の間で調整する役。大変ですよ。
  あと他に誰も出来る人がいなくて、技術担当もやっています。」


  ――どの活動にも全力投球ですね。もう1つの貧困解決の活動は
どういうものですか?

写真を拡大今年の夏、タイに行ったときの一枚。共に活動した仲間、現地の方と一緒に。

  「世界の貧困地域に仕事を作ることで、自立支援を目指しています。
  今年の夏は仲間とタイに行き、現地NPOの協力を経て、
  貧困問題の著しい村に1ヶ月間滞在しました。
  村の隠れた魅力を探して、村民たちに向けて、起業による職の提供の
  可能性をプレゼンしたんです。
  はじめは僕以外の仲間全員がインフルエンザにかかったりして
  大変でした(笑)。
  現在は、このときの活動報告資料をまとめているところ。
  始まったばかりなので、まずは大学内でこの活動を広め、
  ゆくゆくは日本企業への投資の呼びかけもしていきたいです。」

いまやっていること全部が大切。


  ――今後の目標を教えてください。

写真を拡大11月の大学祭で、建築学科の友人4人と作ったオブジェ。夜は美しくライトアップされた

  「学部生として出来る課題制作の数は限られているので、
  その一回一回を大事にしていきたいです。
  『大学で病院の模型を作る機会はこれが最後だ!』
  という感じで自分に言い聞かせてる(笑)
  大学卒業後は、欧米の大学院へ進学して建築の勉強を続けたいです。
  いま僕が勉強以外にやっていることは、目標を意識してのものでは
  ありません。
  でも、どれもムダじゃない。ぜんぶ大切なんです。
  サークル活動のスピーチもプレゼンも映像編集も、建築家に
  必要だと思う。
  2020年東京五輪のメインスタジアムのデザイン・コンクールで優勝した、
  建築家のザハ・ハディド氏のプレゼンを見て実感したんです。
  僕は彼女の話以上に、プレゼン映像の美しさが印象的だった。
  映像がもつ表現力って、本当にすごいと思います。
  編集ソフトの技術を使えば、自分の考えをより正確に、速く伝えられる。」

  ――確かに。徐さんの趣味の映像スキルが存分に活かせそうです。

  「実は2週間後に、課題で制作した模型のプレゼンをしなければならなくて。
  授業中に60人が発表するから、ひとり30秒しかない。
  話すだけでは伝えきれません。これからプレゼン映像の準備をしなきゃ!」


  ――また忙しくなるんですね。ブラックコーヒーを買いに行かないと(笑)。

  高校時代の日記、そして今回のインタビュー。
  徐さんからは、留学生によくある“外国人”としての苦悩を全く感じない。
  日本にいて、中国との違いに思い悩んだことはなかったのか問うと、
  「日本人は何でもきちっと最後まで決めてから動き出しますね。中国人は違う。
  映像を撮る時も、絵コンテやアングルを細かく決めたりしない(笑)。
  でも、どちらが良い悪いなんて考えたりしないから、悩むことはありません。
  僕は、それぞれの良いところを尊重していきたい。」
  と、さらりとこたえる。
  相当な努力を重ねていることは間違いないのだが、
  私には徐さんが、次はどうやって困難や課題をクリアしてやろうかと、
  ワクワクしているようにすら見えたのだった。

  《取材後記》
  現在は留学生寮に暮らす徐さん。課題をやるのに不便なので、キャンパス周辺への引っ越しを
  考えているそう。
  インタビューを終えると、さっそく物件探しに出かけていきました。
  いつかどこかで徐さんの建築作品を見られるのを、楽しみにしています。
  《2013年11月17日 取材  一宮千夏》

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