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卒業生インタビュー

インタビュー 心連心プログラム修了生の「日中交流の担い手」として成長した様子を取材します。

Vol.011 張 宏駿さん

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名前
張 宏駿ちょう こうしゅん さん

プロフィール
  1990年生まれ。吉林省長春市出身。長春第一外国語中学校を卒業後、長春日章学園高校に進学。2年生の時、心連心プログラムの第2期生(2007年9月~2008年7月)として鹿児島の鳳凰高校に留学した。2010年4月に宮崎大学農学部に入学して現在4年生。環境経済評価を研究するため、来春、大学院に進む予定。

「カバン、持ちましょう」


  笑顔がいい。どのような話題でも、時に弾けるように破顔一笑し、気分をなごませてくれる。天性のサービス精神か、それとも大陸人特有のおおらかさなのだろうか。

  宮崎大学前のバス停に着けば、そこから携帯電話に連絡を入れる手はずだった。大学はJR宮崎駅からけっこう遠く、到着時間がわからなかったからだ。ところが、バスが大学前に着くや、白い歯の日焼け顔がベンチにあった。「駅からもらった電話で、だいたいの見当をつけて待っていました。あっ、そのカバン、持ちましょう。自分は手ぶらですから」。この一言二言に、還暦過ぎのこちら、若い張さんに年齢差を超えて熱いものを感じた。

写真を拡大宮崎大学の研究室で

  宮崎大学の広大な木花キャンパス。6月の風景は目にとてもやさしい。真冬はマイナス30度にもなる酷寒の地から来た張さんにとって、ここは緑のパラダイスにちがいない。「季節で難点をひとつだけ言うなら、梅雨ですね。中国の東北地方には長雨がありません。毎日が雨続きだと気分は沈みますけど、鹿児島と宮崎に足かけ6年住んでいるので、自分はもう慣れました」。

田舎の空気はおいしい


  吉林省の省都である長春市生まれ。街中育ちのシティボーイだった。日本語に接したのは地元のマンモス校、長春第一外国語中学校に入ってから。長春日章学園高校に進み、2年生の時、心連心プログラムに応募して鹿児島県南さつま市加世田の鳳凰高校に留学した。長春から北京、成田と乗り継ぎ、鹿児島空港に着いたときの第一印象は「うわあ~、田舎に来たあ」。しかし、心は弾んでいた。郷里の長春は高層ビルが林立する街で、郊外に出なければ緑は見ることができないが、ここは木々がいっぱいで車も少ない。空気もおいしそうだ。ホストファミリーに温かく迎え入れられた。

部活で壁を乗り越える


  最初のうちは「ついに日本にやってきた」とのハイな気分も手伝って、誰彼となく積極的に話しかけた。ところが、ひと月が過ぎてから、自分の日本語がおかしいためか、空回りしていることに気づく。懸命に伝えようとしても、相手はポカンとしたまま。相手に話しかけられてもその意味がわからず、中途半端であいまいな返事しかできない。こんな調子なら、自分から話しかけないほうがいいんじゃないか……。

  教室でもクラスメートと心理的な距離ができる。気分は落ち込み、部屋に引きこもりがちになった。そんな時、ホストファミリーのお母さんから言われる。「せっかく日本に来ているのだから、部屋にばかりいては意味がないじゃないの。学校でクラブ活動などをしたら新しい友だちができるわよ」。

  翌日、先生と一緒にいくつかの部活を回るうち、弓道部で足が止まった。かっこよさにしびれた。即入部し、放課後の午後4時から弓道の練習に明け暮れた。4カ月ほどで試合にも出場するようになり、約10カ月の心連心プログラムが終了する前、審査を受けて初段の免状をもらった。

写真を拡大ホストファミリーの田んぼで稲刈りしたあと。17歳の当時、体重は100キロを超えていた。

  「留学生が日本の暮らしに慣れるまで、当初は言葉の問題も含めて3カ月の壁があると思います。部活や友人たちとの交流でその壁を超えることができれば、あとは楽ですね。鳳凰高校で過ごした日々は、いまでは自分の宝物です」

宮崎大学の農学部へ


  長春の日章学園高校に戻ってからも、心はずっと日本にあった。この先、日本の大学に進学したい。そんな思いから、帰国から半年後に日本に戻り、宮崎県えびの市にある日章学園九州国際高校で大学受験のための語学研修を1年間びっしりやり、宮崎大学に合格。住み慣れた南九州の地にとどまった。

写真を拡大宮崎大学木花キャンパス正門前で

  現在は農学部の4年生で、専攻は森林緑化環境科学。この学科を選んだのは、郷里の長春を取り巻く状況が頭から離れないからだ。開発優先の象徴であるコンクリートのビル群と進む大気汚染。張さんは来春には大学院に進み、環境経済評価を研究することに決めている。

つらいことは知らせない


  長春の両親は日本に来たことがない。この間、親からの仕送りはなく、いまは宮崎ロータリークラブからの奨学金と宮崎空港の免税店でのアルバイトでやりくりしている。

  親には連絡を取っているのだろうか。張さんはこの問いに、「報喜不報憂」という中国語の五字成語で答えた。うれしいことは知らせるが、そうでないことは知らせない。遠く離れた親に心配事を話しても、親はどうすることもできないし、かえって不安にさせるだけ。だから自分がいくらつらくても親には絶対にこぼさないことにしているという。息子同様に扱ってくれるかつてのホストファミリーのお母さんも一緒。たまに電話で知らせるのは朗報に限られる。

写真を拡大恋人の姜丹鳳さん(左)とホストマザーの「野中のお母さん」(中央)と一緒に。

  ところが、鹿児島在住の恋人には、うれしいこともつらいこともすべて打ち明ける。志學館大学で臨床心理学を研究する姜丹鳳さんは、長春の中学校時代からの同級生で、実家も近い。長い付き合いで気心も知れているが、心理学を専攻する姜さんに心を見透かされるのには抵抗があるため、話の内容によっては酒の力を借りることもあるという。

  姜さんは来春、宮崎大学の大学院に転入して張さんと合流する予定。学部はちがうが、2人は大学院を終えたあと結婚し、日本で働くことを希望している。2人とも一人っ子のため、将来は親のいる長春に帰らなければならないが、当面は日本で研究活動を続ける考えだ。

【取材を終えて】
  農学部の研究室でのインタビューを終え、「ちょっと一杯やろうよ」と大学近くの居酒屋に誘うと、「喜んで」。生ビールのジョッキをぐいっと傾ける飲みっぷりのよさに、かなりの酒豪とみた。その席で出た「報喜不報憂」の話。聞き手のこちらは、40数年前に四国の片田舎から上京してもみくちゃにされていたころの自分が思い返された。中国の森林緑化や環境問題に貢献したいという張さん。別れ際、その背中にエールを送った。(取材・文:大住昭(NNA) 取材日:2013年6月18日)

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