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卒業生インタビュー

インタビュー 心連心プログラム修了生の「日中交流の担い手」として成長した様子を取材します。

Vol.009 林 石子さん

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名前
林 石子りん いしこ さん

プロフィール
湖北省武漢出身。中高一貫の外国語学校で日本語を学び、心連心のプログラムにより第三期生として埼玉県立蕨高等学校に留学(2008年9月~2009年7月)。現在は横浜国立大学経営学部三年に在籍。ダンス・サークルに所属。

ダンスに出会って

写真を拡大先日行われた大学祭に出演した際の様子。練習の甲斐あって、当日は大成功。

現在横浜国立大学に通う林さんが夢中になっているのはダンス。大学でもダンス・サークル部に所属している。サークルと聞くと、部活より気楽な集まりを連想するが、高校時代の部活よりも熱心に、週5回の練習に励んでいる。今はもうすぐ大学祭があるのでその練習の追い込みに入り、帰宅は10時を過ぎることもあるとか。

さらにサークル内で最年長となった今は、後輩の指導に頭を悩ませている。厳しく言い過ぎると嫌われてしまうが、優しいだけでもまとめられない。自分の考えた振り付けに皆満足してくれているか、後輩が自分よりダンスが上手な場合にはどう指導するかなど悩みはつきない。そんな時、頼りになるのは中国にいるお父さんだそうだ。

「リーダーは自分が出来なくても、人に対しては言わなくてはいけない」、「出来ている人でも、まとめられるとは限らない」などリーダーシップについて、日中の違いを越えた社会的な先輩として色々アドバイスをくれるそう。

誰かの評価の為ではなく、自分の気持ちが大事

しかし、そんな林さんのお父さんも、ダンスに夢中な娘に最初はいい顔をしていなかった。林さんが子どもの頃にしていた習い事は「古箏(こそう)」。この中国の民族楽器を、小学生だった7歳から7年間習っていた。

「ゲームもマンガも一切見たこともやったこともなく、小学生の時の思い出は古箏だけ(笑)。ほんとは小さな時からダンスが好きだったんですけど、中国ではダンスはあまり立派な習い事としては認められない。古箏のような楽器は、進学する際選考で有利になる習い事。なので、やってたんです」

写真を拡大高校の部活動では、オーストリアからの別の留学生と互いに励まし、支えあった。

特に興味を持っていたわけではなく、両親や学校に勧められるままに習っていた古箏。高校生の時、日本に留学し、やっと憧れのダンス部に入部した。もちろん、最初はトレーニングについていくのは大変だったし、中国にはない先輩後輩の上下関係も厳しく感じた。しかし、そういった大変さよりも理解できなかったのは、先生もコーチもいない部活で、どうしてそんなに皆真面目に取り組むのかだった。

「最初は理解できませんでした。先生が見ていなければ、普通さぼるでしょって。でも段々周りに影響されて、やるのが当然になってきました。ダンスはチームで踊るもの。私がやらなければ、周りに迷惑をかけてしまうというチーム意識が芽生え始めました」

高校の留学時代に、チーム意識に加え、自律心や向上心など日本の独特な部活動で養われたものは大きかった。現在の大学での活動にも厳しい先生や先輩がいるわけではない。しかし誰かの評価のためではなく、自分がやりたいという気持ちから率先して練習するということが、今では当たり前になっている。

写真を拡大3ヶ月お世話になったホストファミリーと上野美術館を訪ねた際に

わがままだったと振り返る高校時代

高校時代の留学当初は、「自己中心的でほんとにマイペース。自分が自己中心的であることにすら気がついていなかった」ほどのわがままだったと林さんは言う。

「一人っ子だったし中学からずっと寮暮らしだったので、人と暮らすことについて両親からしつけを受けていなかったし、考えたこともなかった。日本にホームステイしていた時も最初は何も考えずに自分のやり方でやっていたので、ほんとにダメだったなと思います」

後に林さんがホストマザーから聞いたところによると、ホストマザーも最初は自分で気づいてほしいと思い、口を出さなかったそう。しかしやはり言わなければ伝わらないと考え直し、林さんに言うべき時には言ってくれるようになったらしい。

「私とホストのお母さんとは何でも気持ちよく話せる仲。歴史問題だって日中関係だって、どんな敏感な問題も本音で話せる。でもただ甘やかしてくれる関係ではなく、私がより成長した大人になるために言うべきことは言ってくれたと感謝しています」

わがままだったと話すが、素直に耳を傾ける事が出来るところが林さんの長所であり、成長に繋がっている。中国で実家に居た頃、ホストファミリーと過ごした高校の留学時代と違い、今はマンションで一人暮らしをしている。部屋でゆっくりする時間はあまりないそうだが、自分で身の回りのことをしながら、一人暮らしを満喫しているとのこと。

写真を拡大高校留学時代の個性豊かなクラスの友人たちと。

様々な生き方がある、と初めて知った

一年間の心連心の留学プログラムを終えた後、大学は日本で進学しようと心を決めた。せっかく広がったと感じた視野を失いたくないと考えたからだ。

「いい大学にいかないと将来が見えない、これは普通の中国人が持ってる考え方だと思います。でも日本に来て、やはりそれだけではないと、やるべきこと、やる価値があることは他にもあると知りました。皆それぞれ違う人生を送ることができるということも初めて実感しました」

様々な生き方がある、と実感したのは、高校留学時に他の日本人生徒達の夢を聞いた時。ちょうど高校3年になり皆が進路希望を考え始める時期だった。林さんはこう話す。

「例えば私の周りの中国人の友達は、一生懸命勉強したのだったら偉くなりたいという考え。夢は「外交官」や「企業のCEO」、「翻訳家」だったり。でも私の留学していた蕨高校も埼玉では有数の進学校だったけど、周りの友達は「福祉関係」や「ウェディングプランナー」など、多彩な職業に就きたいという子がいて、びっくりしましたね。ああ、これを夢って言うんだな、って思いました」

もちろん、一生懸命勉強して出世したい、偉くなりたいと考える日本人も多いし、それも素晴らしい夢の一つだ。しかし、自分の好きなこと、やりたいことを職業にして、それで一生食べていきたいと考える日本の若者は少なくない。林さんの目には、ステレオタイプになりがちな中国の友人たちの回答に比べて、様々な価値観を持つ日本の高校生たちの夢が、「夢らしい夢」として新鮮に映ったようだ。

将来の夢

今大学で学んでいるのは会計関連など経営についてだが、将来はマーケティングなどに関する仕事につきたいと考えている。

「経営学部を選んだ理由は、世界中どこに行っても使える知識だから。色んな国に行って働いてみたいので選びました。そう、一番の夢は色々な国で働いてみたいってことなんです

シンガポールか香港でもいいな。日本?日本は高校留学から含めるともう6年近くいることになるので、そろそろ違う国に行きたいなって」

安定した生活より常にチャレンジを続けたい、と話す林さん。「結婚は?」と聞くと、「そう、安定した生活より刺激を求めてしまうので、自分でも心配」と笑いながら答えてくれた。そのあと「でもまだ若いから」と続けた林さんの将来への夢と希望は、どこまでも広がっているように感じられた。

【取材を終えて】
日本語の豊富な語彙や表現力に驚かされたが、それもそのはず、中国人留学生の大学受験対策向けの塾で、約2年間日本語講師としてアルバイトをしているそうだ。小論文や現在の大学での生活などについても講義しているそう。ただ、その表現力は語学力からくるものだけではなくて、彼女自身の感受性の豊かさにも起因するのだろうな、と感じさせられたインタビューだった。(取材・文:真崎直子 編集:ワンジー 取材日:2013年5月21日)

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