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イベントレポート

戦国武将真田幸村と豊臣大阪城について

2018年度

2018年3月17日(土)午前

 『戦国武将真田幸村と豊臣大阪城について』の紹介活動が済南ふれあいの場で行われました。講座には、山東師範大学、山東青年政治学院、山東女子学院、済南外国語学校などの済南市内の大学から先生や学生約30人が参加しました。山東師範大学日本語学科の日本人教師で「ふれあいパートナーズ」の薮下敦朗先生と、山東師範大学日本語学科四年生の石金琪さんがスピーカーを担当し、戦国時代の著名な武将である真田幸村の一生及び豊臣大阪城の謎を紹介してくださいました。これは、済南ふれあいの場による新学期はじめての活動でした。                

 まず、石金琪さんはまずみなさんに日本戦国時代の著名な武将真田幸村及びその家族を紹介してくれました。真田幸村の本名は真田信繁であり、「日本一の兵」と呼ばれています。彼は戦国乱世の最後の英雄であり、大坂夏の陣で寡をもって衆に当たる姿が伝わっています。真田家の家紋は「六文銭」であり、いつでも戦場で命を捨てるという覚悟を表します。続いて、石金琪さんは写真やビデオを利用し、「関ヶ原の戦い」、「九度山の蟄居」、「大坂冬の陣」、「大坂夏の陣」などの歴史事件を紹介することによって、真田幸村の一生を回顧しました。戦国名将の悲壮な一生は在席していた先生と学生の英雄主義に対する思いを呼び起こしました。

 また、藪下先生はみなさんに地下8メートルに眠る豊臣大坂城の謎を説明してくれました。まず、藪下先生は豊臣大坂城の由来を紹介してくれました。それは豊臣秀吉に本願寺旧跡を基礎として作られ、当時非常に豪華だったそうです。しかし、「大坂冬の陣」、「大坂夏の陣」の後、徳川幕府の再築工事によって地中深く埋められてしまいました。続いて、藪下先生は地図で豊臣大坂城が発掘された過程を詳しく紹介してくれました。1959年と1984年に相次いで豊臣大坂城の地下石垣を発掘し、石垣に対して調査を行いました。調査した後、石垣はまた埋められました。2013年に多方の支持で、1984年に発掘された石垣は再び発掘されました。最後に、藪下先生はNHKのドラマを見ることも日本の歴史をもっと知ることができるいい方法だとアドバイスしてくれました。

 今回の日本語コーナーを通して、みなさんは日本戦国時代の名将及び有名な城の魅力がわかるようになっただけでなく、豊かな日本の歴史知識を勉強できるようになりました。さらに、みなさんは日本歴史に対する勉強の興味もより濃くなりました。

翻訳者:馮銀萍

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